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趣味は映像と音楽。

将来の夢は、結婚して家庭を持ちながらも

好きな仕事を一生続けること。(つまり全てを手に入れること)


幼少期

姉はピアニストで小さい頃から音楽に親しみ

中学で始めた吹奏楽(クラリネット)をきっかけに

「将来はTVのサウンドデザイナーになる!」と決め、夢に向かって走る。


人生 第一章

そして 夢に破れる…笑

いや、ただ破れただけじゃなくこんなストーリーがありました。

音楽専門学校を卒業し、かなり高倍率のなか運良く

サウンドデザイナーとして東京に就職。

特別番組のシーズンには3日で2時間睡眠も経験するほど

まさに「寝る間も惜しんで働く」生活を3年続けた。(過酷でした…)

その間に経験した東日本大震災をきっかけに

自分の人生についてもう一度考えてみた。

「自分の人生にとって本当に大切なのは何なのか?仕事?仲間?家族?お金?」

「もし自分が今ここで死んだら後悔しないか?」

結果、

「将来的には、一番大好きな家族のもとで暮らしたい」

と言う考えに辿り着き、ふるさと福岡に帰ることを決意!!!

そして福岡県北九州市の実家に帰る。

でも…

「ここ(地元)で何すんの?」

「だいたい私ってなんなの?」状態。ヽ((◎д◎ ))

そして次に就職した先は大手広告会社リ◎ルート。

営業マンとして2年間勤務。

「将来の夢!!」と決めて

努力し続けたサウンドデザイナーを辞めた経験から

簡単に夢を見れなくなり、自分のやりたいことも分からなくなってしまった…

でも、「これからの自分には英語が必要!」というどこからともない

確信だけはあったので、海外留学を決めた。


人生 第二章

カナダ トロントにきて、いろんな日本人とも会ったし

いろんなカナダ人、メキシコ人、ブラジル人、韓国人、台湾人、

サウジアラビア人、インド人

本当にいろんな人に会った。(みんなキャラ濃すぎるよ…)

おまけに学校で仲良くなった友達は大手酒造会社のトップ役員の息子だったり、

NYに行ってセントラルパークで喋ったおばあちゃんが小野よう子(ジョン・レノンの奥さん)の隣人だったり、日本にいては絶対に無かった出会いもたくさんあった。

楽しいことも辛いこともたくさんあった。

それもこれも、全て自分をもう一度見つめ直す良いきっかけとなり

今、「周りからの強制や義務がない状態で、自分がどれだけやれるのか?貫けるのか?」

を試しているところ。

 正直ワーホリって、実質フリーターです。

「もう外国やだ!日本帰りたい!逃げたい!」と思ったら明日にでも帰れる。

そんなことしても、誰にも文句言われない。

ある意味、無責任にもなれる。

でも、そんな超フリーダムな環境で自分に発破かけていくのって結構酷。

それができる様になった時に、本当に成長したと言えるし

自分の生き方に自信を持てると思う。

これからの筆者(ともち)の将来ですが、

結局、この歳で就職しても結婚すれば数年で寿退社するのがいいところ。

だし、ストレス社会だ何だのって言うけど、

上司にあれこれ言われながら努力するのって、ある意味スゴく簡単。

だってあれこれ言われない様にいい子になって仕事をこなせばいいんだから。

それって、これまでと同じことの繰り返しな気がしてしっくりこない。

だったら自分で何かビジネスでもして、

一生続けられることをつくる基盤を20代で作ろうと思っている今日この頃なんです。

最近、自分がこれから何をしていくのかやっと見えた。

それは、海外の文化や考え方に触れたからこそ見えたものだから

「留学が人生を変えた」と言えます。

20代前半はスパルタ上司に恵まれ

テレビ業界と広告業界でコッテコテの「日本社会」を味わい、

身も心も気づけば「ザ・日本人」になっていた

筆者(ともち)から見る海外、海外から見る日本の視点を大切にしながら

日本人ならではの視点で「海外留学」をお伝えします。

そしてこれから留学をしようと考えてる方に何より伝えたいことは

留学の素晴らしさ。

それと筆者(ともち)自身、

留学前に知っておいた方が良かった…と思ったことが山ほどあったということ。

何事も「百聞は一見にしかず」

実際の経験をもとに、ブログを書いているので

この生の経験が一人でも多くの方のお役に立てると本望です!

〜追記〜

ワーホリ終了後、マレーシアに転職。

マレーシアを選んだ理由:これまでは東南アジアに興味がなすぎたから。

住めば都。今ではマレーシアが結構好きで、この国には感謝しています。

海外留学、海外転職をされる方の参考になれば幸いです。

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